BOROさんの歌いいです。

BOROさんという人がいますが。

兵庫県の伊丹出身のシンガーソングライターに BOROさんという人がいますが、なかなかいいです。

大阪の人だったら誰でも知ってる ”大阪で生まれた女”を書いた人です。

最近、 YouTube で テンプターズの話をショーケンが語ってて、萩原健一さんは、 テンプターズを辞めてから 俳優の道を志して  一段落してその後 また歌を歌おうと思って 自分でバンドを作って歌を歌い出した。


■BOROさん

その時に 内田裕也さんに相談をすると  こういう曲があるがすごくいいので歌ってみたらどうかと言われた。

とりあえず萩原健一さんは  カバー曲が割とメインなので やっぱりいい歌はいい歌だということで・・・。

で、内田裕也さんに勧められたのが 大阪で生まれた女 だったらしく、ショーケンはその選曲について  裕也さんはすごくセンスがあると言っていました。

結果的には 萩原健一さんは歌手としても相当売れましたから。


■ショーケン

大阪で生まれた女がヒット

その中に出てくる大阪で生まれた女 これを作ったのがBOROさんです。

その後本人が出した ネグレスコホテル なんかもすごくいい曲です。

何と言うか 大阪で生まれた女は、少し昭和歌謡的な そんな中にブルースが入ってるような、そんな感じの曲ではありますが。”踊り疲れたディスコの帰り・・・”、その年代の方々には 非常にしみるかしらと思いますが めっちゃいいです。

で、BOROさんという人はどういう人なのか、少しネットで見てみました。

もとは、ジャズシンガーです。

BOROさんは 本名、森本尚幸さん、1954年生まれの今年67歳のシンガーソングライターだと思いますが、 その名前の由来は、ボロさんが、ちっさい頃乗っていた自転車がボロボロで  その自転車を元にした ボロの相棒 という詩が、県のコンクールで入賞した。

それが由来で 友達たちからはニックネームとして彼のことをボロと呼ぶようになった。その後民衆の苦しみの代弁者として そのままBOROという芸名にしたそうです。

高校卒業した彼は上京し、歌の専門学校に入る。 その後、ティーブ釜萢に師事し、 ジャズボーカルを学んだそうだ。


■ティーブ釜萢(ムッシュのお父さん?)

その後、故郷伊丹に帰り  大阪北新地のナイトクラブで 歌うようになり、 内田裕也さんにその才能を見出され レコードデビューすることになった。その後は 内田裕也さんが、萩原健一さんに 歌を歌うんだったらということで紹介したのが 大阪で生まれた女だった。

それがヒットして 同時にボロさんの存在も  広く知られるようになったということだ。その辺は、 昔の流れだとは思いますが・・・、どうでしょう。


■内田裕也さん

その後は、いろんな人の 芸能人の音楽プロデューサーをやってるそうです。

北新地のナイトクラブって いわゆる新地のクラブのことです。

で、 ジャズ歌手が歌を歌ってる時代っていうのは、結構 前の話のような気がしますが 今はないとは思いますが・・・、その辺どうでしょう。


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