高橋幸宏さんが、細野晴臣さんは天才だといってた。

細野晴臣さんは天才だと高橋幸宏さんが言ってた。

ユーチューブをぼーっと見てたら、細野晴臣さんは天才だと高橋幸宏さんが言ってた。興味深いです。どっちも好きなミュージシャンじゃないですか。高橋幸宏さんはサディスティックミカバンドにいて 加藤和彦や高中正義といっしょにバンドをやってた。バンドっても格が違う。加藤和彦率いるロックバンドが、イギリスにってうかヨーロッパに進出ですから、すごい話です。

”はっぴいえんど”の出発点の話を聞くと。

その高橋さんが、細野さんは天才だと・・・。これってどういうことなんでしょうか。細野さんはベースは天才的でっていうか これも”はっぴーえんど”の出発点の話を聞くと もともとみんなそんなギターがすごくうまいとか そんなでもなかったみたいなスタートで でも将来的なイメージと理想があって 一種洋楽かぶれな人間が集まってバンドを結成し、経験を積んでうまくなって スタジオミュージシャンになって、音楽ビジネスでご飯を食べていくうちに 実績を重ねてスーパーミュージシャンになって 細野晴臣は「YMO」やる。それが世界的にヒットし、坂本龍一が世界的に活躍するにつれ、「YMO」は世界でも評価されるバンドになっていく。すごいストーリーです。


■YMO メンバーがすごい。

それならということで「YMO」の発想があった。

でも このストーリーの発端は、細野晴臣なんでしょう。そこがすごいです。細野晴臣いわくですが、なんかで言ってましたが、事務所の社長がそろそろ いい企画はないですか みたいなことで それならということで「YMO」の発想があって なおかつ、今までひいてたベースという楽器を 電子音で表現する的な発想で シンセに強い技術者と組んで レベルの高いミュージシャンを集めて「YMO」っいう発想になった・・・、みたく言ってましたが。それにしても、この3人のミュージシャンのレベルがすごすぎて、別にすごいメロディーをやってるとは思えませんが、音楽の構成がすごいんでしょう。なんか聞いててそう思ってしまいます。「YMO」はすごいですね。


■はっぴーえんど これもすごい。

スーパーバンドの経歴がすごい。

で、細野さんはどうなんでしょうか?天才なんでしょうか。高橋幸宏もすごいと思いますが・・・。大昔かな~、”トロピカルダンディー”みたいのを細野さんがやってて その前は、ユーミンのバックバンドでティンパンアレに入ってたので その前は岡林信康さんで別に仕事に困ってたわけではないでしょうけど、いつまでも”はっぴーえんど”的な音楽をやってたいって発想でしょう。今でもそう思ってるんではないでしょうか。それにしても、”はっぴーえんど””ティンパンアレ””YMO”という経歴は、まさに天才的です。尊敬します。


■ティンパンアレ これもすごい。

細野晴臣さんの経歴はといえば、

細野晴臣さんといえば、おじい様があのタイタニック号の生き残りの 唯一の日本人であるという有名な話があります。このおじい様は鉄道官僚だったらしいですが、相当な偉い方だと思いますが。細野さんご自身は幼少の頃  東京都港区の白金の小学校から青山の中学まで、生まれから 幼少の頃の生活まで 場所的には日本一の場所で、羨ましいぐらいの都会っ子として育った。生まれ育った場所を聞くと 誰でもわかるくらいのお金持ちっていうイメージがある。 大学は立教大学で これもまたハイレベルの坊ちゃん学校です。


■映画にもなったタイタニック号

高校の頃にフォークソングの洗礼を受けて ボブディランが好きだったみたいですが、 その後たくさんのバンド経歴を持つ。 エイプリルフールと言うバンドでベーシストデビューをし、その後はあの有名なはっぴいえんどというバンドに所属するということになる。 このはっぴいえんどというバンドが、結構なスーパーバンドで メンバーも松本隆、大滝詠一、鈴木茂といったメンバーで どなたも大変有名な方々ばかりです。 面白いと思われるのが この四人のメンバーの誰しもが 音楽に関しては才能のある音楽クリエイターだということで 松本隆さんはその後作詞家として大変有名になる。大滝詠一さんの曲もバカ売れで 鈴木茂さんはスーパーギタリストとしていろんな歌手のギターソロを弾いている。当の細野晴臣さんといえば、最終的には YMO という形で 世界的に活躍をした。


■ノーベル賞のボブディラン

バックバンドの時代が長い


■大滝詠一

面白いと思うのは、はっぴいえんどの頃は  いろんなミュージシャンのバックバンドで 特に岡林信康さんとかのバックバンドを務めて・・・。はっぴいえんどとしてはどういう曲を出していたのかはわからないが  後にクローズアップされる 風をあつめて という曲なんかは  後々スーパーバンドだということが理解できるような時代になって そして はっぴいえんどの曲を聞いてみようということで 後々になって売れたような曲だと思うが。当時はそんなにはやらなかったような気がしますが・・・。

■風をあつめて

またその後のキャラメルママとか、ティンパンアレイとか  ユーミンのバックバンドに関しては、今でも思うが 時代の変わり目として フォークソングからニューミュージックという時代で  やっぱりマイナーからメジャーセブンコードへと移行していったような気がするが この辺のコード進行に関しても 定かではないが やっぱ細野さんの影響が多分にあったような気がするが・・・、ユーミンの曲のコード進行としてはその編曲ぶりに 細野さんの影響も多分にあったような気がするがどうでしょう。全てはユーミンの作詞作曲という形になっているので  その辺定かではないですが ユーミン的にはやっぱり先輩のアレンジメントについて かなり影響を受けたと思いますが・・・,どうなんでしょう。面白いコード進行が結構あるんで・・・。


■ユーミン

細野晴臣としては

その後細野さんは、個人のバンドも持って行って 歌の歌っていましたが、先にも話したように  トロピカルダンディとかその辺だと思いますが、その頃はあまりヒットソングもなかったような気がしますが。で YMO という形になるんですが、これも 事務所側が細野さんに何か面白いことができないものか?という相談に対して 細野さんがやり始めた結果が YMO だと言うことだそうです。特徴はやはり シンセサイダーだと思いますが、シンセサイザーについてはその機材を組み立てた 技術的な協力者がいて それが松武秀樹さんという人で、結構有名な話だとは思いますが。でこの松武秀樹さんという人は、 冨田勲さんに師事してていて シンセサイザーを学んでそうですが、冨田勲さんといえば、 虫プロ系のアニメソングの主題歌を 作っていたような方で、ジャングル大帝レオとかは有名だとは思いますが、あの 壮大なオーケストラの音なんかですが、この辺に歴史があるということが非常に興味深い。元々日本にあった音楽に対する 一連の才能があってこその YMO という形になるわけです。 この辺に目を付けたというのも凄いと思いますがどうでしょう。やっぱ、日本のアニメ業界っていうのは世界一なんでしょうか?やはりその辺は細野さんとしては、コード進行などの音楽家としての才能 また色んな組み合わせとしての  いわゆるプロデューサーとしての才能も多分にあるんじゃないかと思うが、 YMO の後は、いろんなバンドのプロデューサーをされてると思いますが、シーナ&ロケッツなんかもそうだと思います。個人的にも大きな利益を得たことでしょう、ま、それに値する人だとも思いますし・・・。すごいですね。


■ジャングル大帝

お笑いなんかもやってた・・・。

YMO 全盛期から少し外れた後は お笑い番組とか いわゆるバラエティ番組にもたくさん出ていたと思いますが、音楽系ではありますが  3人が3人ともちょっとしたインテリ系なので 少しクールなもたついた感じのお笑いが結構受けてたような気がします。


■お笑いにもでてました、YMO

それにしてもずいぶん昔の話ではあると思いますが、今や3人とも初老という感じではありますし。 少しのプロデューサー業で十分な利益を得てられてるんじゃないかと思いますが、さてどうでしょう。 細野さんは細野さんとしての才能を出し切ったという感じではないでしょうか・・・。 まさに、日本の音楽界 とくにポップミュージックの歴史に名を刻む人物なんでしょう。文部科学大臣賞も取ってるみたいですから、日本人としても最高の名誉を得てるわけですし、日本のためにという意味ではすごく貢献した方ではないでしょうか・・・。 東京で生まれて日本の最高文化を吸収しながら、 生きてきて 日本のためになったのだから・・・、でもすごい羨ましい人生ではあります。


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