氷室京介の歌の技術がすごい。

BOØWYというバンドのボーカル


■氷室京介

氷室京介は、BOØWYというバンドのボーカルで って 誰もが知ってると思いますが、氷室京介が群馬から出てきて 東京で歌手生活をプロでやってて なかなか売れなくって そこで、六本木のアマンドかなんかに布袋さんを呼び出して 音楽やらないって誘って そんでBOØWYをやって売れましたって感じの有名なサクセスストーリーですが、BOØWYは晩年 個々の個性が強くなり それぞれの活動を希望して 結構、集まりが悪くなり解散してしまったって感じですが、

歌の技術がすごい。

ソロになってからの氷室京介はやっぱ、歌が上手です。”言葉尻の 裏声でビブラートを利かしながら 伸びていく感じの声” なかなかできないです。結構、綺麗に声が伸びていく、いいですね。ラルクのハイド君もそんな感じかな~、なかなかできない声の出し方だと思いますが。そこがすごい!

ビジュアル系の先駆者的な感じ

BOØWYをやるまえの氷室京介は、小田哲郎とかと一緒に彼のバンドで彼の歌を歌っていたり いろんなプロのバンドボーカルを経験してたみたいなので さすがって感じですね。BOØWYに関しては、その頃の売り出しが得意な ビーイングの会長あたしの腕がよかったこともあったんでしょうけど、でもギターとボーカルのルックスがばっちりで 氷室京介の髪の上げ方は いまどきのビジュアル系の先駆者的な感じで 実際そうなんでしょうけど、


■BUCK-TICKの桜井君

同じ群馬の後輩で BUCK-TICKの桜井君とか ビジュアル系にしてはカナリの格好よさで やっぱ、ビジュアル系バンドの先駆者なんでしょう。氷室京介がYOSHIKI君みたく ビジュアル系のバンドのプロディースや売り出しをやってれば、インディーズレーベル作ったりとかしてれば、結構、そっちのほうが儲かったんでしょうけど・・・。氷室京介はそのへん 純粋なヴォーカリストなんでしょう。

布袋が曲 詩が氷室って感じ


■BOØWY

BOØWYのころは、布袋が曲 詩が氷室って感じで 曲も書いてたんでしょうけど ほぼ、ソロになってからは自分で作って、


■布袋 寅泰

一時シーケンサーに凝ってるってテレビかなんかで言ってましたけど なんか、いい音作る努力を日々してるって感じで すごいとか思ったりして、でも やっぱ歌が上手です。歌ってのも やっぱ、楽器と考えて どれだけいい音が出せる楽器にするか この辺考えないと・・・、 ”歌がうまいという度合いがわかないが” それは、その個人個人の知識の範疇で判断した所のもんだろうとは思うが、楽器的に考えると やっぱいい音出すヴァイオリンが高価なように 人間の声もそう判断されるべきでしょう。その道の専門家が はやりじゃなく専門的に判断して 金銭的価値をつけてもいいんじゃないかと そんな分野があってもいいんじゃないかと思うが。まっ、声楽家が技術がすごいのはわかるが 氷室京介もそれぐらいの価値だとは思いますが。

ライブでめっちゃ儲かった

でも、ソロになったころの氷室はすごかったですが、出来る限りライブをやって 1ステージ 200万ぐらいで、1年でポルシェを2台買って 個々度とばかりに勢いで 売り込んで金をもうけて いい感じでカッコウいい。でも、1ステ 200万で100回 ライブやったら 2億円ぐらいになりますが、ポルシェもピンキリですが 単純に新車で1280万のカレラを2台買っても 2500万ぐらいで まだまだめちゃ余る。すごいね・・・。ソロになったころの矢沢永吉さんもそんな感じだったと思うが、このハングリーさがロッカーのロッカーたる所以ですか・・。やっぱ、ロックンローラーとかロッカーはいつも腹をすかした狼でないと・・・。

最近の氷室京介は

■LOVER’S DAY

最近の氷室京介は、歌を歌うのをやめたってことで これも印税や何やらで 飯も食えるし、いまどきアメリカあたりの流行りで そこそこになると ロックビジネスに嫌気がさして ”音楽活動をすべてやめてしまう” 良いですね。それぐらいの潔さが 音楽業界に厚みを与える、目先の利益じゃなく 後輩に利益を譲って 後輩の厚みができると 自分は業界の大御所になる、なんとなく権威が身に着くというか。氷室京介もその道をえらんだんでしょう。でも、せっかくの歌のうまさですから 70歳ぐらいになったら、ミックやポールのように もう一度歌ったら その時は人間的に 肉体的に深みのある 厚みのある 一種年期のはいった良い楽器の音になってるかもしれません。そんな歌を 氷室京介をもう一度聞いてみたいですね。

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